2025年12月20日(土)

 

大阪市に民間人校長として入ってから、12年目になる。今年度になってから折に触れて「ああ、この行事も最後だな」「ここで挨拶するのも二度と無いんだな」と、切なさと安堵が入り混じる。公私取り混ぜた2度と無いラスト100日を書き残そうと思う。

珍しく区の行事がない土曜日。朝から息子の吹奏楽部のアンサンブルコンクールを観に行く。4人しかいない吹奏楽部。他校も4〜5人の打楽器のみの構成で凄まじい音を出していて、これはこれで面白かった。息子の学校は管楽器メインの4人構成、うち息子も含めて1年生が3人。緊張の伝わる演奏。息子はパーカッションで忙しそうだった。

 帰りに娘となんばで車を降ろしてもらい、お昼を食べる。2人で和食ランチを食べ、隙間にキーボードを叩いて先日の歌舞伎の投稿やメールの返事を済ませる。

 

インバウンドでにぎやかな道頓堀を抜け、予約していた振袖の店に行く。来たり脱いだり3着着付けてもらい、娘はシックなえんじの着物と真っ黒な帯を選んだ。2年後、果たしてこの趣味のままなのだろうか。

 それより、私たちは2年後に全員元気でいるだろうか。華やかな晴れ着に取り囲まれているのに、うっすら不安を感じた。

 娘と店に立ち寄りながら家まで歩いて帰り、淡いグリーンのカジュアルなセーターを買う。この冬はもう、仕事着は買っていない。

 休む間もなく企画書をプリントし、打ち合わせに出かける。メンバーの一人の祖父母が経営するお店のカウンターで飲みながら話し合い、年度内にやるべきことの方向性と役割分担は見えた。

 いいお酒を出してくれるお店だったので、酔ってきたところに聞かせてもらった相手の家族のエピソードに、泣いてしまった。カウンターの中も外も、やさしい人しかいない場だった。

 帰って待ち構えていた息子とミセスの番組を見始めたものの、うとうとしてまだらにしか記憶がない。ごめん。

 子育ての話を聴いたからか、2歳ぐらいの息子が泣いているのを抱いてあやしている夢を見て起きた。13歳の息子のベッドを覗いたら、健やかに伸びた手足でひどい寝相をしていた。

あと100日。

 

 

ミャクミャクっぽい振袖発見。