2026年1月7日(水)

自転車で寒い中を出勤する。朝から人事関係のレクが入る。希望に答えようと懸命に努めている総務課も、外からは見えないし中からは結果に対して恨まれることもあるし、大変な仕事だ。

小学校に出前授業に行った時は、人事や予算・庁舎管理などの総務の仕事を「チーム大谷」に例えて話す。大谷選手が活躍するために、トレーナーや栄養士がついているのと同じ。各部署のプレイヤーが力を発揮できるように、学校では教頭先生や事務職員のように、行政にもバックヤードを支える人がいる。

決裁やメール処理に追われ、合間に「港区制100周年記念誌」のほぼ最終稿が来たのでチェックをする。校正のつもりできっちり読み込む。

11地域の方のインタビューが特にいきいきとしていて、読みごたえがあった。歴史を踏まえて、今の港区を紹介し、明るい未来に希望をつなぐ。奥さんと笑わせて撮った上田会長の写真も、福の神のようだった。

午後には私が区長になった最大の理由、児童虐待防止のための関係機関の代表者会議に出る。最後だと思うと、挨拶にも力が入ってしまう。

幼いころ継母の顔色を伺って過ごしていた自分自身、民間人校長として出会った子どもたち、区長になってから出会ってきたさまざまな家庭。これからも大阪市の施策と、港区の温かい地域福祉ネットワークがバージョンアップし続けることを願っている、と伝える。

港区担当のSVの先生によるアンテナの立て方の講義もあり、港区中の関係者が同じ課題に向き合った。もっと積極的に発言が出ればいいけれど、日本人、特に行政の会議は基本的におとなしい。

合間に、私に万博盆踊りのギネス記録証明書を買うように勧めたTさんがいたので、「もう届いたで」「早っ!」という会話を交わした。

 夕方には教育関係のレクが局からあり、オール大阪の課題に向き合う。その流れで文科省のサイトをチェックし始めたら、3時間も残業してしまった。宿題になっていた記念誌の自分の挨拶文をリライトし、提出して帰る。

冬の夜の自転車は、顔が痛いほど寒い。

こめかみがキンキンに冷えた頭で、さっき読んだ資料をどう整理して施策につなげるかを考える。帰ると21時で父子が夕食半ばだったので、お風呂は後回しにして混ぜてもらった。

秋鹿がまだ残っているので、1合だけお燗をする。飲みながら「ばけばけ」を観て、不遇な錦織さんに親子で同情する。

 食後は娘とお風呂に入り、運動をした。今日から、半年ほどほったらかしていたFitbit(スマートウオッチ)をつけている。4000歩しか歩いていなかった。

 夜に生野区がらみのお願いごとがあり、地域活動をしている「いくのな女子」のグループラインに投げたら瞬時に解決した。あったかい。

 

 同時に、中学校のPTA会長からのお願いごとに返事をした。公務優先ながら、みんな働きながら区の行事に駆り出されている。どっちの立場もわかる。

今格闘している字の小さな本に10分ほどで破れて、寝た。

 あと82日。

 

Y課長の提案で課長会から寄付をしたら、くしゃきょんピンバッジもらった。