区長として迎える、最後の成人の集い。ミャクミャクワンピースで挨拶したら、若い子にはウケるだろうなと邪な考えを打ち消し、式典らしく黒スーツにリボンブラウス、コサージュをつけて出て行く。アートホテルの会場は、振り袖といかつい男子のド派手な袴姿で華やかだ。
挨拶では万博レガシーの1つである「多文化共生」を意識して、港区には共に成人を迎えた外国から来た若者が学んだり働いたりしている、いろんな課題はあるだろうけれど対話で解決できる社会にしてほしい、と伝えた。
民間人校長1年目の卒業式。いろんな背景を持つ子どもたちを前に、定番の「夢をかなえろ、世界に羽ばたけ、活躍をし祈る」がしっくりせず、チャップリンの「Smile」の和訳を引いて式辞を書いた。
今回も最後に「『助けて』を言うのも生きる力」と伝え「笑顔で満ちた人生を」と締めくくった。
成功しても孤独で口角が下がったままでは、幸せを感じられない。共に笑える人がそばにいる人生を、と願う。
新成人は挨拶をきちんとした後に、会場も入れて自撮りで写真を撮った。ライブ会場でアーティストがよくやる。さすがSNS世代。
港区では第2部で中学校ごとに、懐かしい動画や恩師のメッセージが紹介される。マスクをしている子も多く、いろんな行事を諦めたり工夫で乗り切ったりしたことがわかる。
築港中の先生が「令和8年で学校無くなるからおいで」と言っていて、いたたまれない気持ちになった。学校再編を、区担当教育次長として判断した。決める責任があり、見守る責任がある。この傷みごと、引き継がなければならない。
毎年、会場を出てベイタワーのアトリウムを彩る新成人を2階から見るのが好きだ。今年は風が強く、少し少なめだったけれど若いエネルギーに満ちている。
それにしても風が強い。女の子たちの髪飾りが飛びませんように。
30分後に、区民ホールで港区青少年指導員と青少年福祉委員の新年会がある。成人の日の集いの運営は、青指と青福のみなさんが仕切ってくれている。改めてお礼を伝え、宴会に入った。夜の会があるので、飲まなかったけれど、何人かと意見交換ができた。またメモを自分のメールに送る。
インテックス大阪でコミケをやっていると、副区長に聞いた。夜の会まで3時間ほど空いているので行こうとしたが、イベント終了時刻ギリギリにしか着けないので諦める。大阪は東京都のようなアニメマップや取り組みが無いので、クールジャパンコンテンツ×まちづくりや観光のリサーチを始めている。民間に戻ってから、やれることを探すつもりだ。
大人しく帰ってコタツに入って本を読もうとしたが、先日から気になっていたSnowmanのラウールがパリコレにチャレンジするドキュメンタリーを88分見てしまった。いつも手足の長さがどうかなってると思って、目が引き寄せられる。
ドームを埋めるアイドルのセンターが、海外のモデルオーディションに落ちまくって揺らぐ。その20歳の姿に、成人式の若者たちが重なった。
夜は道頓堀ホテルで南市岡地域の新年会。最初に歌わねばならず、万博から続く港区の勢いが止まらないように、と前振りをして山本リンダの「どうにもとまらない」を歌った。まだ公募を続けるなら、区長の仕事に「河内音頭とカラオケ」を入れておいてほしい。
もともとにぎやかな宴会の地域だが、参加者曰く「二次会のノリ」でにぎやかだった。地域活動はめんどうな部分も確かにあるけれど、徒歩圏内に仲間がいることは高齢になってより価値がわかると思う。肩を組んで歌える仲間が地元にいるって、今の時代とても希少だ。笑顔に満ちた場だった。
寒い中を帰ると、ゆる夫は幼なじみとの飲み会に出かけて留守。洗濯も掃除もしていなかった。子どもが大きくなると冬の厚い服がすぐあふれる。13,000歩歩いた一日の締めくくりに洗濯機を回しながら、私は仕事の宴会ばかりやのにこんな時期に行かんでもええやんけ、と愚痴る。
ただ、今日の楽しそうな同級生たちを見たせいか、それほど腹は立たなかった。
疲れ切っていても息子の頼みを聞いてキーホルダーを改造し、娘のファスナーの縫い方に答える。
笑顔にあふれた人生を送るには、相手を喜ばせる努力も必要。
ミセスの新曲MVを見て、今日も息子と喜ばせてもらった。
あと78日。

