疲れは取れていないまま、朝は港区民ホールを使って開催される「NHK防災サバイバル」の見学へ。田中小学校の5年生に混ぜてもらい、防災担当の課長と校長先生とチームを組んでミッションにチャレンジした。
数年前に当時の防災担当係長と参加したのが、懐かしい。当時よりネットリテラシーに力が入っており、 正しい情報を見極める、最新の情報を確認する重要性がゲームの中にうまく組みこまれ、スマホネイティブの子どもたちは熱心に聞いていた。
途中で携帯ラジオに電池を入れて使うターンがあり、ラジオを触ったことのない子どもたちが苦戦していた。実は大人チームの私たちも収納されているイヤホンが見つからず、老眼でスイッチを見失い苦労した。
何とか2位ぐらいでミッションクリアし、参加賞の「ばけばけ」のミニクリアファイルをもらって喜んで帰った。区長として子どもたちに会う機会も、もう残り少ない。
区役所に着くと、総務省から選挙事務の準備しとけよという事務連絡が来ていた。まだ決定事項ではないが、備えておくしかない。年に2回の選挙は、担当者の負担も大きい。現場としては無いように祈りつつ、これ以上は是非を触れられない立場なので、待つのみだ。
お昼は隣のローソンに買いに行き、ミセスのキャンペーンが昨日で終わってるのに気づいてショックを受ける。せっせとローソンで物を買ってスタンプを40個以上は集めたのに、抽選にチャレンジできず終わってしまった。息子にどう言い訳しようか。
15時からの本庁の会議に向かう。いつもの教育委員会会議だと思っていたら、市長も出る総合教育会議なのを忘れていた。
特に発言機会は無いが、学校適正配置とまちづくりの課題、外国人児童生徒の支援、教職員の働き方改革など、かなり進んだ実感もあれば、一言言わせてほしいと思う場面もあり。発言が回ってこない会議に出るのは、いつももどかしい。
今日は新年会は無いが、19時過ぎから地元の歴代PTA会長会議がある。私は前年の会長なので、自動的に歴代PTA会長会の会長になっている。現役のPTA会長に「もう役員が2人になるから持ちこたえられない」と相談があり、臨時会を開いて意見をもらうことになった。
1時間半ほどあったので、洗濯機や炊飯器をセットする。家にはよく来る娘の友だちが来ていて、2人で3DSのゲームを見ながらゲラゲラ笑ってる。にぎやかで、気が晴れる。
歴代会長会の会場である小学校に行き、10名ほどの元会長たちに現役世代の苦境を説明する。ほぼ2人で会計や実行委員会の実務、区PTAへの動員対応、地域やこども会の会議出席をこなしてきて、もう限界だと言う。小規模校の再編をしてきた区長の立場としても、よくわかる。
重鎮をはじめ、ある程度の理解は得られたが、休会ではなくOB・OGも役員に入れる形で負担軽減と、令和15年に決まっている再編まで持ちこたえる方向でまとめ直すことになった。
自営業や専業主婦がメインだった時代とは違う。両親共に共働きで、子どもを家で留守番させての夜の会議や土日のイベントは辛い。昨年度の1年間、「連れてきたらええやん」と言われても息子はアウトドアイベントは好きではなく、休日をバラバラに過ごさざるを得なかった。
現役PTAと3人で残って、今後の方向性と学校にどう報告するかを整理し、議事録を私が作ることにして終わった。そのまま、元会長たちが飲んでいる居酒屋に呼ばれ、私が校長時代の会長や役員がいたこともあって、思い出話をした。
校長はん、あぁ、区長やのに失礼、いやここでは会長か。
去年、散々地域の人に言われた。校長をしていた学校を離れてから、引っ越してきて娘が転入し、息子が入学し、卒業の年に「150周年式典があるから」と頼み込まれてPTA会長になった。
140周年は、自分が校長の時にやった。こんなご縁は早々無いと思う。そして、その学校は令和15年に閉校となる。区長を辞めても、引き続き地元の再編に関わることになる。
「小規模校の限界」を校長として、区長として、さらに保護者・地域側からも体験するとは思わなかった。とりあえず、現役PTAが困らないように事務の整理を持ち帰った。
帰ってすぐ議事録に手をつけようと思ったものの、明日に回すことにする。子どもと30分、朝ドラやライブ映像を見る時間で、PTA会長と区長をやりながら何とかコミュニケーションを維持していた。我が子と過ごす時間があっての、PTA・地域活動だと思う。現役の会長も、そこに悩んでいた。
港区の地域や団体の新年会に行く度に、担い手不足の話が出る。区長としても、悩んでいる。答えは出ない。
寝る前にメールチェックをしたら、文科省のメルマガに「学校の適正規模・適正配置の在り方に関する調査研究協力者会議」の案内があった。傍聴の登録メールを出した。
息子には、ミセスのキャンペーンに乗り損ねたことを言えないまま、寝た。
あと76日。

