2026年2月20日(金)

 有給休暇は何日も残ったまま残り1ヶ月ほど。取りたくても取れないどころか土日も夜も仕事がバラバラと入り続ける。スケジュールのすき間に時間休を入れ、少しでも身体を整えないと壊れる。

 今日は午前中を休みにして、五十肩と先日痛めた腰を看てもらうために整形外科に行った。1ヶ月ほどリハビリを放置していたので、怒られる。

 レントゲンの結果、根本的な骨や椎間板のトラブルは無かった。医師は肩と腰を触った後に、「ここ固いでしょ」とスネの内側の骨をペンみたいなものでなぞり、ゴリゴリと骨の下に指を入れてマッサージを始めた。

 イタいイタいイタいイタい、無理です無理無理と机の端をつかんで叫びつつ耐える。医師は嬉しそうに「こんなに痛がる人は初めてだ」と足首も同じように骨の周りを揉んで、私を悶絶させた。

 痛み止めも出すけど、タダでできるんだからマッサージとストレッチをサボるな、リハビリも来るようにと言われて病院を出る。少しスッキリしたような気はするけれど、しばらく診察は受けたくない。

 コタツでごろごろしている娘を横目に、出勤する。午後は港晴小学校でキャリア教育の出前授業がある。緊張する。「人生変えてやると思ってステージに立ってる」なぜか、ちゃんみな師匠の声がする。

 子ども時代の、家にも学校にも居場所がなく本の世界に入り浸っていた経験を話す。あの頃、「助けて」を言えなかった自分に向かうように「しんどいと思ったら、周りの大人に言うねんで。助けてと言うのも生きる力やで」と伝える。

 民間人校長、区長になったプロセスを話し、「行政」の仕事を「ゆりかご……どころか妊娠中から墓場まで、人生に寄り添う仕事」と話し、セーフティネットとしての行政の役割と港区の現状と未来を語る。

 防災についても家で話し合うように言い「明日起きても、10年後に起きても港区の人が1人も死なないように、君たちにもバトンを渡したからね。大きな地震が起きたら逃げるねんで」と目を見て訴えた。

 帰りがけ、授業を聞いていた女の子たちが「山口区長〜、さようなら!」と手を振ってくれて、キュンとした。校長になりたくて大阪市に入ったんだったな、と思い出す。

 区役所に戻っていくつかレクや調整仕事があり、次の区長が決まったので連絡を取る。防災に強い方なので、心強い。

 区長室の片づけがリアルに迫ってきて、焦る。生野区役所の最後の数日、見かねていろんな課から区長室に職員が来て箱詰めを手伝ってくれた。1年前に退職した総務課長まで日曜日に手伝ってくれた。

 今の職場でも「ヤバくなったら言ってください!」と声をかけてもらっている。忙しい年度末に迷惑かけたくないので、そろそろ着手したい。

 今回は蔵書の持って行き場に困る。見つけた物件の内装の見積もりが高くて、迷っているところ。居抜きで壁紙も床も張り替えないのに、電気工事や建築関係の工賃が上がってる。

 チャレンジするには、教育費や家族の経費が重い。父親に搾取された500万があればとムカついてくる。連絡は途絶えており、多分どこかで生きている。

 夕方からKKRホテルに行き、民生・児童委員のみなさんとの会議と懇親会に出る。新しい会長が1人ずつにお題を渡してトークをする場面など、工夫されてて楽しい会だった。

 私のカードには「寝る前にすることは?」と書かれていて、100日日記を書いていると話した。AIではなく「私」の経験値が立てたアンテナに触れた事柄を、想いを乗せて書く。私の人生の編集長は、私。カオスな日常を振り返って意味づける作業は、自分のためでもある。

 帰って「ばけばけ」を見て残ってた立春朝搾りをやっと飲み切って、『半分姉弟』を読んだ。

 校長の頃に出会った日本語をわからず座ってた子どもの心境が、解像度高く立ち上がる。漫画の力、すごい。私はどこまで寄り添えていたのだろうか。教育関係者、役所の多文化共生担当は絶対に読んだ方がいい。

 「ハーフ(学校現場ではダブルと言う)」と呼ばれる子どもが成長し、日本人の友達や親に感じる「わかってもらえない」孤独を描く。日本人側の無意識な差別意識も、リアルに指摘される。

 日記を書けず、出会ってきた外国ルーツのあの子この子の姿を反芻しながら寝た。自分らしく、健やかに生きていてほしい。

あと38日。

港晴小学校の6年生が港区の復興の歴史をまとめてくれていた。