2026年2月26日(木)

 朝イチでラガーマンと写真を撮る仕事が入っている。NTT docomoレッドハリケーンズと24区が協定を結んでいるからだ。「港区」と入った新しいユニフォームをもらい、記念撮影をする。市民デーの時めっちゃ寒かったけど最後まで観たよ、と伝えた。

 弁天町付近に海外から来た選手も含めて住んでおり、災害時には助けてねと念を押して終わった。ユニフォームを脱ごうとしたが、引っ張られてもいい丈夫な素材のせいで五十肩に厳しい。職員に助けを求めて脱いだ。

 翌日を娘の卒業式で休みにしているので、会議やレクが詰まる。何を話しても「遺言」っぽくなる。こんな思いで取り組んできたから引き継いでね、と。

 スマホ対策に関するオンライン会議でも、そもそも「経済格差を教育格差にしない」ために大阪市に入り、福祉と教育の連携やさまざまな無償化で確実に進んだけれど、新たにスマホの長時間利用による課題が生まれてるので手をつけた、続けてほしいと力が入ってしまう。

 Teamsを切ってスマホ対策のことを考えていたら、副区長に声をかけられて慌ててパソコンを抱えて会議室へ行く。

港区内の介護・医療関係者がゆるく情報交換をする「ケアカフェ」のサブタイトルが「区長と語ろう」となっており、まちづくりの講演を頼まれた。

 区内の病院や地域包括支援センターの方に、港区の人口動態やソフト・ハード両面のまちづくりの話、最後に大阪市にいた12年間で「経済格差と教育格差」にどう取り組み、どう引き継ぐかを話す。

 もっと高齢者福祉に寄った話にした方がよかったかなと思ったが、感想は「港区に長年いたのに知らなかった、いろんな取り組みがあると知って感激した」「港区を広い視点で見て魅力に気づいた」とあってホッとした。

 自分のまちの過去・現在・未来なんて、仕事でもなければ考えないのは当たり前なので、いい機会になってよかった。

 後半は高齢男性の孤立や、ケアマネージャーの「シャドウワーク(本来業務でない無償で行われている業務)」について意見交換をする。学校現場でも、今はかなり減ったが多かった。こどもがプールに入ってる間に、汚れきったポロシャツを教務主任が親の代わりに洗って乾かしていた。

 ペットの世話、行政等の手続き、ご近所トラブルの対応など、ケアマネの善意でやっているシャドウワークは多く厚労省でも問題視されている。「地域でこれらの仕事の受け皿を作れ」と言われているが、予算をつけてもらわな無理やでと思う。

 別の業務としてケアマネさんに報酬を払って、オフィシャルでやってもらう方向も検討されている。国の動向を見ながら、線をどこで引くか悩む。ペットだけならペット業界や獣医のネットワークで「訪問お世話」ができないだろうか。

たまたまケアカフェの後の別のレクでもシャドウワークの話が出て、Claudeに情報を集めて整理してもらった。膨大な書類を検索し、読み解く手間が省ける。気になる項目は元ネタに当たって確認する。やっと「課題が話題」になった段階のようだ。

「前の人はやってくれたのに」「他の人はやってくれるのに」に、塾講師の時の私はめちゃくちゃ弱かったし、「とことんやる」が売りになってしまって自分の首を絞めた。今もその名残りはある。

 親に幼いころ注がれるべき愛情が足りず、仕事で頼られること、褒められることでそれを埋めてきた。それが仕事とプライベートの境界をぼやけさせる。

 冷たい言葉で線を引く、自己保身だけの人に会うと今も心が冷える。局と区、区の関係機関、区の担当同士でもある。

 でも、支援者と支援される側がどこかで線を引くことは悪ではない。自分も相手も守ることであり、共依存に陥らないために必要。それがわかるようになった12年だった。

 「ほっとかれへん」を一人で抱えない。できるだけ仕組みに乗せる。無ければ作る努力をする。目の前の課題には温かい言葉をかけながら、持ち場をつないで何とかしようとする。

生野区も港区も、押し付け合うのではなく一緒にボールを持とうとする地域福祉ネットワークができている。優しいまちだ。共に悩める、心ある行政職員や専門職にもたくさん出会えた。

 夜は地域の会に呼ばれる。長年、地域活動の中心にいる男性達の会で、独り身になってしまった方が集まって生活や地域活動の情報交換をしているとのこと。独り身では無いが、ゲストで呼んでもらった。

 夕凪の「ししまる」というお店に、初めて行った。魚がとびきり美味しく、つい日本酒が進んでしまう。いつもは気の貼る会合でしか会わないみなさんも、リラックスして笑いが絶えなかった。

 「港区でやり残したことは?」と聞かれ、組織として引き継ぐので無いと言えば無いし、やりたいことはいくらでもあるので山ほどあるとも言える。うまく答えられないまま、話題が次に流れた。

 高齢男性の孤立にも話が及び、お互いにLINEグループで安否確認を週に1回ぐらいしようかと盛り上がっている。みんなで競馬に行って、帰りに京都の料亭で遊ぶ計画を立てているのに、毎度、地元で飲む羽目になってるらしく70代になっても「地元にバカができる友達」がいるって最高やな、と思った。

 早くから地域活動に関わるのは、めんどくさいかもしれない。でも、職場や趣味活動以外の「持ち場」が地元にあり、近所で飲める仲間がいるのはいい。私もPTA活動に巻き込まれ、隣の校区にも知り合いが増えた。

「自転車は絶対に押して帰ってくださいよ!」と念を押し、真面目に押して帰る姿を見届けて帰る。お元気で。

 帰ったら娘に頼んでいたHANAの特典付きCDが家にあり、大喜びで開封。酔っぱらってるのもあって、カッコかわいい女の子達をヒューヒュー言いながらこども達と眺める。

明日休みの分、片付けたいデスクワークがあったのに、湯船に浸かって上がろうと言う時に娘が「おしゃべりしたいからまだ入ってて」と可愛いことを言うので、そのまま20分は浸かりっぱなしで酔いに重ねてのぼせてしまった。

 今日は、継母の命日。私をうまく愛せなかった人だが、娘にとっては料理と絵の得意な素敵なおばあちゃんだった。

 明日、娘は貴女のなりたかった「絵を描く人」になるための学校を出て、その道の先へ行きますよ。

 もし娘が24歳で子持ちの男にたぶらかされ、夢を捨てていきなり1歳の子の母親になると言われたら、私はどうするだろう。

 命日には、「照子さんへ。」と亡くなった時に書いたnoteを投稿することにしている。彼女が「ほっとかれへん」と幼い私を選んでくれたことは、愛だったのかもしれない。

 のぼせたまま、布団に倒れ込んで寝た。

 あと34日。

 

職員に配られた賞味期限の近い缶パン。おもてなし防災キットと。