昼から仕事があるので、午前中に山中酒の店に行って送別会に持ち込む日本酒を買ったり、眼科に行ってコンタクトを作り直したりする予定が、起きたら11時近くて自分にがっかりする。起こさないゆる夫にも腹が立つ。リビングに行ったら、だらだらとコタツでYouTubeを見ていた。
息子だけ勤勉で、ピアノ教室に行って不在。予定が崩れたので全てにやる気を無くし、放っておいたらいつまでも寝ている娘を起こしてぼんやりする。
時間が迫ってきたので、いやいや化粧をしてスーツを着る。ゆる夫には「大阪市社会福祉センターに送って」と昨日のうちに言ってある。スライド無しでしゃべりだけの講演なので、車の中で読む練習をする。「着いたで」と降ろされ、扉を開けようとしたら閉まっている。
看板を見直したら「大阪社会福祉“指導”センター」と書いてあり、いやまぁ似た名前やし文字で送らんかった私が悪いんかもしれんけど、ゆる夫の不注意と私の方向音痴が重なって最悪、車を呼び戻して微妙なところでまた降ろされ、開始数分前にたどりついた。
講演は気持ちを落ち着け、視覚障害の方に伝わるよう、飽きないようにメリハリをつけながら防災の話をした。事前に送った資料は点字にしていただいており、備蓄品や備えのチェックリストなどを持って帰ることができる。
講演では、白杖を持って逃げられなかったために、避難所で視覚障害者とわかってもらえずに配食がもらえなかったり、広い講堂でトイレへの移動が困難だったりした体験談を共有して、対策をお願いした。
講演の後は、質疑応答となったが要援護者名簿や個別避難計画の話、福祉避難所に関する要望の場ともなり行政の人間1人で対応するのは少し厳しかった。メモをして持ち帰り、課題として共有することをお約束する。勉強になったし「100届ける」難しさにもぶつかった。諦めはしないけれど。
いずれにしても、危機管理室が断り、議員の先生が私が防災士なのを思い出して依頼し、職員にも資料作成を手伝ってもらい、公務の時間に準備をしたので報酬をもらうわけにいかず、休日に無償で講演をした。すごく疲れた。断りベタは、あと1ヶ月で卒業したい。
視覚障害の方の本音を知ることができたのは非常に有効だったので、その点は良かったと思っている。念のため。
帰ってスーツを脱ぎ、冷凍していた自家製レバーペーストを持って出かける。インフルで延期になったママ友とのサシ飲みで、天神橋筋4丁目の「丸力酒蔵」で夕方早めから。レバーペーストは彼女とそのダンナさんがいつも感激して食べてくれるので、お土産に渡した。
社会人ライタースクールで、ゆる夫と彼女に出会った。7歳上の彼女は、懐かしくて鼻血が出そうだがジョルナダというPDAを持っており、私はシグマリオンⅡを同じスクールでカタカタ言わせていた。もう25年ぐらい前の話。吉本と南海電鉄が作った「なんばクリエイターファクトリー」のライターコースの1期生として、隣で卓球をしている音が聞こえる大阪球場跡地で私たちは出会った。
気が合って、スクールが終わっても仕事や遊びを一緒にして、3ヶ月違いで女の子を妊娠した。大きなお腹でカラオケに行き、生まれてからはお互いに自営業だったこともあり、赤ん坊を抱いてお互いの家に行き来した。その子たちが18歳、進路も決まった打ち上げのようなサシ飲み。お疲れ、と乾杯する。
育児の思い出、こどもの進路の話、AIと仕事の話、老後の話、趣味の話と話は尽きない。特に彼女はテニスを再開し、試合にもバンバン出ているのでその話が面白い。1日5分の腹筋ローラーすらサボっている私からすれば、鍛えている人はまぶしい。「山本」の飲み比べが極上で、お店のお兄ちゃんにも4月から無職なんで昼から来るねーと声をかけて出た。
手を振って別れ、ふらっと天満のドンキに入店していきなり段差を踏み外して、腰に響く。酔いに任せてこどもたちの好きなチョコや自分の酒のアテを買い込んで、袋一杯になってしまった。帰ってからデスクワークがあるので、栄養ドリンクを買って飲む。そのせいで、なかなか寝つけなかった。
帰ってからHANAの超キュートな「MyBody」のジャケ写やMVのビハインド映像を見て今日も酔ってるのでヒューヒュー言い、そのままコタツで深夜まで仕事。
スピード感や経過の報告が無い相手とのプロジェクトは、めちゃくちゃキツい。公私共に、「あれどうなった?間に合わないならやろうか?」と言ってしまい、ガマンできずに引き取って自分の首を絞める。周りはそれに甘える。自覚はないだろうけれど、何とかしてもらえると、少なくとも家族はそう思っている。
ゆる夫より遅く寝室に行くと、またYouTubeを見たまま寝落ちして、イビキをかいていた。1週間前に箱まで買って指示した8段CDラックの片づけは、2段しか終わってない。放置されていた箱につまずいて、また腰をやられた。
あと32日。

