2026年3月12日(木)

 寝坊したかったが、意地でも今日の夜には仕事机を解体して捨てられる状態にしなければならない。起きて一時保管の段ボールを組み立て、机の上下のものをどかす。

 最初はHANAのアルバムを流しながら鼻歌交じりに仕分けしていたが、「Tiger」がかかる頃には攻撃的にになりファイルボックスや小物入れを箱ごと段ボールにぶちこんだ。無理。

 何年振りかに、半円のテーブルの上が空になった。ここで娘や息子と並んで勉強を見たり、お茶を飲んだりするはずだったのに。9割を私の書類やパソコンやメイク道具で埋めていた。

 部屋の入り口の大きさを測り、テーブルは解体しないと出せないのを確認する。我が家には「中で組み立てた家具」が異様に多い。

 娘と息子が並んで使っている連結の机も、1番大きい本棚も、息子がなぜか伸び伸び寝てるダブルベッドも、全部解体しないと出せない。4月以降の悩みの種だ。テーブルは私でもできそうだなと確認して、午前中の作業を終えた。

 娘も叩き起こして同時に片づけをしており、忍たまやタイガー&バニーのグッズを並べて悩んでいる。声をかけて、一緒にUberでラーメンを頼み、雑然とした部屋で食べた。

 ポツンと「4月からオカアチャンともっと一緒にいられるの嬉しいな」と言う。何このカワイイ不意打ちの台詞、泣くやん。アンタもう大学生やで。

 この子が5歳の時に民間人校長になって、走り続けてきたことの申し訳なさも感じた。そしてうまく行かなかった転職話の数々、消えててよかった、と思えた。

 

 そうは言っても、今日も夜まで仕事。スーツに着替えて出てきた。家の机はまっさらになったのに、相変わらずの雪崩机で感情がアップダウンするようなレクや報告が入り、メールを打ちまくって終業時間になった。

 年に1度の、私が1番苦手な組合の総会での挨拶に行く。苦手なのは人員不足を責められる立場であり、同じことは思っているし要望もしているけれど叶わない中で、どう答えていいか戸惑うからだ。

挨拶はできる限り短く、とアナウンスされていたのに前のお2人の来賓が熱弁だったので、バランスとして一言では終われないなとマイクを持つ。先に書いておいたのは万博や区制100周年の尽力への感謝もろもろだったが、前の人たちの話の後にそんな能天気なことは言えず頭が真っ白になる。

「私みたいな民間人区長が、この場で喜ばれてないことはわかってます。それでも、『経済格差を教育格差にしない』想いから民間人校長になり、課題を手繰っていったら13年もいてしまった」

 つっかえながら、セーフティネットである学校も区役所も頑張っていることに民間視点で驚き、明日にも質疑があるが人員を増やすことについてはいろんな場面で要望してきたこと、特に選挙事務については課題意識を持っていることを話し、4月からも行政と民間の通訳でありたいと伝えた。

緊張の場面が終わって、今度はベイタワーを抜けて市岡商業跡地横にある居酒屋「田田」に向かう。港区の地域代表のご夫妻に、送別でお食事に呼んでいただいた。

 途中でベイタワーで4月にフリーマーケットがあり、出店者を募集していることを立て看板で知る。運命的。写メって家族LINEに「フリマ出るで、売れそうなものは全部置いとき」と指示を飛ばす。下の道からお店に移動してたら、気が付かなかった。

 いつも仲良しのご夫妻に割って入るような、お食事会。帰って解体するテーブルのことを考えて梅酒ソーダ割りにしてたのに、お造りもアラ炊きも誘ってくるので「春鹿」「黒牛」を奥さんとわけわけして楽しんでしまった。

 飲みながら、お2人の昔話をたくさん聴く。特に奥さんが富山から看護師になるために出てきて、区役所に周りのお母さんと保育園の設置を訴えに行った話は、初めて聞いた。上の世代の女性が切り開いてくれた道の上に、自分がいると生々しく感じる。

 さらにお誘いがあり、スナックに行くことになった。テーブルのことは頭をかすめるが、今は店を見ることも勉強なので着いていく。

 昼は喫茶店、夜はスナックの業態で50年以上続けている、とママが教えてくれた。鮮やかにオレンジを形良く剥いて、まな板を元の位置に戻す動きの合間に歌に合わせてよく鳴る手拍子をする。職人技。

 歌の順番が回ってきて、カラオケのエコーがやたら効くマイクで先日歌い損ねた「異邦人」を歌った。歌う側が、気分よくなる音響設定がうまい。カウンターにいた他のお客から「桃色吐息」を歌えるかと聞かれ、最後に歌った。

 そのお客さんに帰り際、ママが「区長さんやで、リクエスト歌ってもらってよかったなぁ」と教えたら、その男性が「ヤマグチテルミさん、やね。私は『ヤマグチテルオ』と言います。1字違いやなと前から思ってました」と打ち明けられた。

 こんなことってありますかね、え、漢字も1文字違い?とテンション上がってツーショット写真を撮ってもらった。ご夫妻にスナックに誘ってもらわなければ、港区内で「ヤマグチテルオ」さんに会う偶然は無かった。楽しい時間と、この4年の感謝をこめて手を振った。

帰って、組み立て家具に付属しているレンチを探す。いくつもある。当てはまるレンチを見つけ、スーツのままテーブルの下に潜ってネジを外し始める。

 ゆる夫にも手伝ってもらい、通勤経路に現れた土管のせいで困ってる話を聴きながら、20分ほどで解体を終えた。

  部屋の中は机の下に隠してたものが全部展開され、ひどい状態。生野区長になった時、4月1日が休みでその日に引っ越しをしてきて、めちゃくちゃなまま仕事を始めたのを思い出す。

 それ以上は片づける気力が無く、疲れ切って寝る。明日は最後の市会答弁。

 あと20日。

 

今度はコレの解体が待っている。写真は8年前。