脚の筋肉痛に五十肩が重なり、寝返りを打つのも階段を降りるのも痛い。スーツに腕を通し、よたよたと電車で出勤する。
午前中はオンライン会議に参加する。子ども・子育て支援会議というもので、大阪市の施策に多様な立場から意見をもらうのを、部会長として眺めている。
保育料無償化による親子のアタッチメント不足への懸念が話され「社会でこどもを育てる」にしても、抱っこ要員や根気よく「こっち見て」に付き合う大人の存在が必要だと、私も同じ懸念を抱いているので共感する。
そこにスマホが入り込んできて、朝から夕方まで保育所、夜の短い時間にワンオペで家事、すき間時間は親子ともにスマホを別々で眺めているのを、安易に責められはしない。読み聞かせだけは死守していたが、平日の夜はテレビかYoutubeに頼っていた。
解決策は、平日夜の親子食堂だろうか。ご飯を食べて親子で遊んで帰って、近所に銭湯があれば最高。箕面の室内遊び場とスーパー銭湯と食事できるところが一緒のスポット、よく行ってた。また新たな企画に想いを巡らせはじめ、自主規制する。今はまず、目の前の片づけからだ。
昼はカップ麺で済ませ、書類の山に手をつける。スケジューラーに入れている「片づけ」の時間で足りるはずがない。
12時からは、退任される民生委員・児童委員の方への感謝状贈呈式。緊張する。たくさんお名前を呼び、たくさん感謝状をお渡しした。長年の貢献、本当にありがたい。コロナ禍でも、地域の気になる家庭とつながりを保ってくれた。
区長の仕事に、表彰や委嘱状や令状を渡す場面はめちゃくちゃ多い。あと1、2回ありそうだ。
時間がなくなり、最後の区長会で伝えたいことを印刷して持参しようと思っていたが、諦める。市役所へ移動。
区長会議の会長・部会長会議を経て、24人全員そろった最後の区長会に出る。最後に、万博レガシーの実装について情報交換ができてよかった。
スマホの長時間利用の課題を共有し、使用制限に有効なアプリ「Blockin」を行政から公平性を担保して紹介している経過等を説明した。
最後の挨拶で、13年間で「経済格差を教育格差にしない」ミッションはどこまでできたのかと、学校再編の必要性と、4月からは自営業なので講師やコンサルで呼ぶならお金がかかります、と笑わせて終わった。
私の後に、大正・港・生野区と3区16年を務めた大ベテラン区長、スージーこと筋原区長が、トレードマークの真っ白なスーツで公民連携と多文化共生の成果を語る。行政職員なのにやることがぶっ飛んでる、貴重な人材の卒業をみんなで惜しんだ。
筋原さんは職員として40年を超えて大阪市に尽くされており、私もたくさんのことを教えてもらった。「生野区で開業する」と聞いて、嬉しいような妬くような気持ちになった。4年前なら、私もそうしてた。なじんだ「居場所と持ち場」がヒトのものになった感覚。
その代わり、この4年で新しく港区が私の「持ち場」になった。
まだやり切れていないことは、民間からできるかもしれない。弁天町の物件の審査には、通った。区長室の山積みの本と書類と、「居場所」は確保できそうだ。なにしろ、港図書館が近い。大阪府下全域の本を、本棚代わりにできる。
夜は新しい区長も交えた歓送迎会があり、さらに小さな会も続き、今日も花を抱えて帰った。
「ばけばけ」で10年ショートカットされたことに家族で驚き、「ROSE」のMVに映る自分たちをキャーキャー褒め合うカワイイ女子たちに和み、ゆる夫と息子が吹奏楽部を辞めた件の、情報共有をして寝た。
3人しかいなかった中1の、1人がすでに辞めていた。部活動画存続の危機だが、半年迷った末の息子の決断は受け入れるしかない。
あと16日。

