2026年3月18日(水)

今日は池島小学校の卒業式に出席する。案内状が手元になく、スケジューラーを見ると9時半から11時になっている。

 ああ、9時半受付開始の10時開式か。じゃあ受付開始ちょうどで早いぐらいやなと、コサージュを付けて家を出る。

 9時半に門の前に着くと、誰もいない。ちょうど出てきた先生に「すみません、早く来ちゃったみたいで」とノー天気に声をかけたの、今思い出すと恥ずかしい。

「もう始まります!」「え、開式9時半!?」

コートと荷物を預けて講堂の前に走る。入場を待つ卒業生が並んでいる。小さく拍手をして見送り、こそこそと会場に入る。

 隣の地域の方に「ギリギリ間に合ったな」と笑われた。後から見たら校長先生から電話が入っていて、焦らせて本当に申し訳なかった。

式は22人の卒業生が力いっぱい歌う「旅立ちの歌」に泣かされる。

 この学校も令和11年に再編となる。卒業生を送り出す5年生を数えると、12人。児童養護施設「海の子学園」の児童が多く、再編前には施設にも意見を聞きにいった。

 

学校でも寮でも人間関係が狭く固定化してしまうので、たくさんの仲間に出会ってほしいという願いと、この地域の人は寮の子を大事に育ててくれたけれど、他の2地域に受け入れられるだろうかという懸念と。

 保護者たる施設の方の想いを受け止めて、3校区合同の研修や地域への働きかけを再編までに進めていく。大事な引き継ぎ事項だ。

 今年で退職する小山校長先生は、巻き紙無しで式辞を始めた。

心理学者・コフートの「健全な自己愛は、誰かに承認を受けることで育つ。「健全な自己愛は、誰かに承認を受けることで育つ」という言葉を紹介した。

 自分を認めてくれる人との長い関係を築いていってほしい、人に受け入れてもらうには自分がまず相手を受け入れることだ、直接対話を重ねることだ、と大人にも響く話をされた。

 AIが進化するほどに「対面で人と向き合う」力の必要性が増す。表情を見て、相手の変化を捉え、思いやり、自分の言葉が相手にどう響くか配慮して発言をする。めんどうでも。

 傷を受けずに人生を全うすることはできないが、できるだけムダな傷、他人を気持ちよくさせるだけの傷をあなたたちが受けずにいられますように。対話を恐れず、つながった時の喜びを重ね、信じられる人を増やして生きていってほしい。

 校長先生の「自分を承認してくれる人との長い関係を築け」の言葉に、周りの大人がうなずいている。寮の子、地域の子をずっと見守ったるで、という心の声が聞こえた。

 卒業生を見送る時、ある人に「4年で終わりなんですね。こんな中途半端で辞めるなんてありえない、もう一期やると思ってました」と惜しまれてるのか怒られているのかわからない言葉をかけられた。

 学校再編に関係する方だ。私もやりたかったけれど、制度で仕方ないこと、次の区長にしっかり引き継ぐことを目を見てお話しした。

 「中途半端」が、耳に残る。そう見えても、仕方ない。せめて中学の閉校を見届けるところまで、私だってもう1年やりたかった。

 

 区役所に戻り、磯路小学校の卒業式に行っていた副区長に糸井校長のハーモニカ演奏の話を聞く。他の卒業式に行った課長も、自分の子の卒業式より泣けたという。未来を語るこども達を見ると、希望を持ち続けられる社会にしないとと思うよね、とちょっと真面目な話をした。いい職場だな。

 そこからは怒濤のレクや書類の処理が入れ替わり立ち替わり。お昼はコンビニに走って残りの日々のカップ麺を買う。「疲労回復」と「顔のむくみを取る」の2つのドリンクが並んでいて「むくみ取り」を選んでしまった。頼むよ。

 レクをする度に「やることリスト」はまだ増える。個別避難計画に関するレクは、福祉担当と防災担当と「自分ごと」に置き換えながら本質的な意見交換をした。対話、大事。

 同じく退職の警察署長と水上消防署長が区長室に立ち寄ってくださり、挨拶を受ける。その後、港区の行政関係者が集まる「港区行政連絡調整会議」が開催された。

 ゴミ問題や騒音問題など、お互いの立場から情報共有をして港区を住みやすいまちに改善していく。この日も前向きな言葉が聞かれ、いい機会になった。私も幼少期からのスマホ対策や築港中・港中学の生徒が考えた「港区ツアー」の紹介をした。

最後の挨拶をして、また1つ。区長としてのルーティンが、終わりを迎えた。

 感慨に浸る間も無く、あれこれメールの返信を書いてから19時に市役所に行く。大阪市の青少年指導員の代表と、区長会のこども教育部会との意見交換だ。2年ぶりに復活した。

 話は担い手不足や活動の工夫をテーマに活発に行われ、想像していたよりあっという間に時間が過ぎた。

 PTAから勧誘するという話には、現役Pとしてそもそも活動が厳しい話もする。学校でプリントが配れなくなったのもあり、地域の子ども会・PTA・青少年指導員や地域の情報を流せる「地域こども情報LINEオープンチャット」を開設した話をした。

 先日の港区スマホサミットで「中学生がいられるカフェのような場所が欲しい」というニーズを伝え、青少年指導員の卵であるジュニアユースリーダー(中高生が多い)が、地域の会館で運営する「中学生カフェ」ができたら面白いなとアイデアが広がる。内装が映えるように、こども達で考えたら楽しそうだ。

 自分の地元で「やりたい熱」が起こってくるのを規制。落ち着け、まだ片づけが終わってない。

 懇親会は20時50分から始まり、日本酒は遠慮して薄めの梅酒ソーダを2杯飲む。浪速区の代表の方が近かったこともあり、地域事情も交えながら初めてじっくり話せてよかった。

地域活動はしんどい面もあるけれど、地元に仕事と関係ない仲間ができることは、みんな評価していた。私も同意する。

 ちょっと自分でおかしかったのは、PTAからの青少年指導員はゴールデンコースながら、すでに52歳で定年を超えていたことだ。いつの間に、年取ったんだろう。

 会が終わったのは22時半。よれよれと帰って、荷物を下ろしてそのままコタツにへたりこんだ。ゆる夫は食後そのまま大いびきらしく、私が帰ったこともこども達と「ばけばけ」を見てしまったことも気づいてない。

 お風呂に入り、生まれて初めてクレジットカードを作る娘が風呂場の外まで追いかけてきて「ETCって何?」「これチェック入れた方がいい?」といちいち聞いてくるのに湯船から答える。

 絶対に人に貸さない、キャッシング使うならオカアチャンに借りる、自分の収入の範囲内で使うことを念押しした。

 私は大学でポンと一人暮らしが始まり、ネットも無い中で自力で京都銀行の口座を作った。カードもいつの間にか、持っていた。

 仕送りが止まり、家庭教師と南座とおばんざい屋のバイトを掛け持ちして月収30万を超えていた。そのせいで「なんかあったら稼げるわ」とカードを使う悪いクセがつき、危うく多重債務になりかかった。

 娘にうるさく念を押し、のぼせてお風呂を出て、髪を乾かした。パチモンのリファで顔のマッサージをしようと思ってたのに、手にも取らず寝た。

あと14日。

 

ドアを開けるのは、自分。できれば、仲間とともに。