2026年3月21日(土)

 今日は区長室の片づけをしに、ゆる夫に送ってもらう。昼からはイベントで挨拶があるので、市岡元町にある「テーラーコマサ」で作ったデニムのスーツを着る。足元がスニーカーでも違和感なく、靴を変えればキッチリ見える。

 港区長になってすぐ、自転車通勤の帰りに「デニムのスーツ作ります」の表示を見て、立ち寄った。何十年も港区でテーラーをやっている職人さんと、ボタンや糸の色や裏地の色を選んで作ったお気に入りで、よく褒められる。

 ソフトボール大会やバレーボール大会で始球式をする時など、よく着た。少し袖口あたりがすり切れて、お互い働いたなと思う。

 コンビニでお昼を買い、静かな6階フロアでひとり。生野区長時代は再編で手の回らない学校評価の仕事を全部やらざるを得なくて、区長室で徹夜することもあった。今思えば異常事態で、「黙っていればやってくれる」と舐められてたんだろう。

静かな区長室で整理を始め、途中で区長同士の引き継ぎがまだ不足してると思い、新区長に向けて必要書類を送った。

 そこから、業務用のクラウドに山ほど自分の作った書類があるのを思い出し、残す、消す作業に入る。2時間ほど集中して、半分ぐらいしか終わらない。

一旦、港区民センターに徒歩で移動する。ほわっと暖かさを感じる。

 2021年に出た本に興奮し、いろんな人に勧め、著者の筧祐介さんにご縁あってつないでいただき、「認知症世界の歩き方」ワークショップを大阪府の事業として港区でやってもらえることになった。

 80人を超す出席者、さりげなく新区長も座っていた。挨拶では万博のレガシーの1つが「ヘルスケア」であり、人生100年、認知症の人も安心して暮らせる港区のために、みんなで体験しましょうと挨拶する。

参加者は区内の医療・介護事業者から主婦で介護に直面している方や、ご自身の心配から来られている高齢の方もいた。

 私のテーブルでは介護に直面している方がいて、認知症の人の世界の見え方を知り、明日からの接し方を変えたい、と学びを持ち帰っていた。

 90分という短さも、連休中日にこれだけ集められた理由に思えた。研修講師に戻る身には、教材やタイムマネジメントなど別の学びもある。

 終わって、27歳の時に通っていた社会人ライタースクールのクラスメイトが来てくれていてびっくり。25年ぶりに一緒に学べて、縁を感じる。こうして原点に戻る機会があるのも、もう一度「カク、ノ、ヒト」になれってことなんだろうか。

 いろんな人から「認知症世界の歩き方」の機会を作ったことを喜んでもらえて、スマホサミットと合わせて「課題を話題に」港区から発信できた達成感があった。声をかけてくださったissue+designさん、みなとオレンジチームや職員にも感謝したい。

 区長室に戻り、またパソコンに向かって残ファイルの仕分けと戦い、ゆる夫に迎えに来てもらって帰った。

 昼間にあった息子の吹奏楽部のステージは、クラリネットとドラムを演奏する姿の映像を送ってもらった。プロセカや東方projectの音ゲーで鍛えたリズム感、正確に演奏を支えていた。やるやん。見たかったな。

 夜は、夕食を食べながら「R-1」を観る。決勝の3人、それぞれ個性的でよかった。特にトンツカタンお抹茶の、幸せな気持ちになるおバカなお笑い、なんなんだろう。

 セミナー会社から、実績と新しい講演プログラムを求められたので作業して、途中で疲れて寝た。

 あと11日。

認知症の人の感覚を、対話しながら共有した。全員の、自分ごと。