喉が痛いので、風邪薬を飲む。休めないまま3連休が終わり、気合いで出勤する。残り少ないからがんばれるわけではなく、ずっとこんな感じの9年間だった。慣れているだけだ。
夜に送別会があるので少しマシな服装をと思っても、寒さがよくわからない。一丁裏はこの2日で登板させたので、着られない。ミャクミャクステテコを裾に縫い付けたスカートで、ウケを狙いにいくことにした。
午前中、大変お世話になった水防団のレジェンドにお別れの挨拶に行く。最近お姿を見かけなく心配していたが、いつものように姿勢よく滑舌よくお元気なご様子に安心した。
私の大好きな祖父にも似ていて、会う度にどこか懐かしさを感じている。
100周年記念誌をお渡しし、小学生の前で過去の水害のリアルな話を聞かせてくださった授業の思い出話をし、また必ず、お元気でとお礼を伝えて帰った。
今日こそ片づけを、と思っていても細々とレクやメールが入る。最後の民生・主任児童委員の会でもお別れの挨拶をする。港区スポーツコミッションの理事会では、せっかく共創チャレンジにも出したのだからと次年度の事業目標の中に「万博レガシー」の文言を入れるようお願いした。
片づけを諦めて、広報代行会社を経営していた私の置き土産として「ストーリーで学ぶ 企画から始める広報戦略」を仕上げる。
これは、以前一緒に働いた副区長にもらった天王寺の広報マニュアルと、私が生野区や港区役所でやった広報研修を合わせて、生成AIも使いながらまとめなおしたものだ。
基本、企画が悪ければマスコミや口コミには乗らないし、企画が良くても広報しなければ伝わらない。伝わらないということは、極論すれば「やってない」ことになってしまう。
任期の間にもっと徹底してマスコミ戦略や研修をやりたかったが、あまり強要できずやりきれなかった悔いもあり(行政ゆえの制限がめんどくさかったのもある)、でも諦めたくなくてイメージしやすい物語風のマニュアルを作った。
自分で登場人物を作ってしゃべらせるのは恥ずかしさがあるのに、AIに書かせると言い訳ができる。
若い職員があるセミナーを企画して集客する話だが、最後に業務用AIに書かせた企画書とプレスリリース、Xの投稿文を3パターンつけておいた。
そして、企画や文書はAIができるけれど、他部署や講師との調整こそが人間にしかできない大事な仕事ですよ、と締めくくる。今週のどこかで最後の「区長室だより」につけて送る予定だ。
業務時間が終わりバスでなんばに移動する間に、ちまちまと日記を書く。100日日記を始めて、フリック入力が1.5倍ぐらい速くなった。継続は力。
夜は仕事でご縁のあった人たちが、送別会ならぬ「大感謝祭」と銘打った会を開いてくれた。
日本酒を持ち込むように言われていたそうで、何人かが持ってきた日本酒を記念品の切子のおちょこをその場で使わせてもらって飲み、みんなも盛大に飲み、一人ひとりが思い出話やメッセージをくれて、私もご縁があった喜びを素直に表現できた。泣いてしまった。
「行政マンとして慣れもあり、こんなものかと思ってやってきたけれど、山口区長に会ってもう一度、燃えるものがあった」
わりとクールに見えていた人から、こんな言葉をもらったら泣く。民間から来てよかったなと心から思える。仕切ってくれた人の心遣いもあり、楽しくにぎやかに「ありがとう、またね」と別れることができた。
♪ 嗚呼、ようやく終わる うんざりすることばかりあったな でもそれもいつか どこかで助けてくれるはずさ♪
初めて聴いた時、あまりにも昭和歌謡で美空ひばりが歌っているのかと思ったjo0jiの「わかれのうた」がイヤホンから流れてくる。
「うんざりすること」を笑い話にできた今夜がうれしくて、いえーオカアチャン酔っぱらいだよーと元気に家に帰り、明日休みにしておいてよかったと、寝た。
あと9日。

