朝からとんでもない寝坊をして個人史上最速で区役所入りし、最後の内示をした。時計を見た時、心臓が止まりかけた。
滞りなくこなせたが、こども達が春休みな上にアラームをかけ忘れて寝落ちしていた自分を反省する。あと1週間、気を抜かないようにしなければ。
ギャーギャー騒いでその辺の服をひっつかんで出て行った私が面白かったらしく、帰ったら息子が「失敗したオカアチャン」を喜んでいた。
人事はいつも、悩ましい。ミッションは増えるし働き方改革も求められるし、人は増えない。理由を示して取りに行っているが、「区長マネジメント」と推し戻される。今回も私は区政の重点項目を考え、人事担当は個々の課の要望や職員のキャリアを踏まえ、案を作り懸命に交渉し、最終的には局の判断にゆだねるしかない。
甘んじているだけではなく、区長会を通じて訴えることもしてきた。本庁に移動して最後のこども・教育部会、議題は「学校跡地業務の整理と体制づくりについて」を挙げた。
次年度に業務の整理や体制を議論するワーキングを作ることを了承いただき、最後にオンラインで聞いている24区の教育や子育て支援の担当者にメッセージを送る。
「この9年で、大阪市はかなりの予算を教育・こども施策に投じてくれた。そのお陰でメニューは増えたが、複雑にもなった。本当はもっとシンプルに支援ができればと思う。こどもの問題は家庭の問題でもあり『しんどい家庭』というボールを関係者・関係機関で押し付け合うのではなく、共に支えてほしい。
その時に、声が大きい、仕事を他に押し付けて部下のウケを狙う人が得するようであってはならない。上司の側も、よく見極めてほしい。一番声を上げにくい弱者である、こどものために担当同士が持ち場をつないで支えてほしい」
言いたいことを言って、9年間所属し続け、うち4年は部会長を務めたこども・教育部会の仕事を終えた。
わりと雑なところがあるので、きめ細かく支えてくれた市民局の担当者や部会メンバーの区長のみなさん、意見が違っても対話を重ねてくれた市教委・こども青少年局の各担当者にも感謝したい。
「ごまかしが効く相手」と思われ、担がれ、仕事をしたくない人の理屈に絡めとられてしまうことの無いように。緊張感をずっと保っていた。
同時に、現場事情や優先順位も理解をして「どこまでできるか」を見極め、やるにせよやらないにせよ説明できるように努めてきた。大多数の行政職員は誠実に仕事をしている。むしろクソ真面目過ぎて、「そこに労力かけんでええ」「仕事を作る天才やな」と言いたくなることもあった。
自分もだんだん行政っぽくなってきていたので、潮時なんだろう。教育長と部会メンバーの面談もあり、課題も願いも尽きないけれど委ねて去るしかない。
バスで区役所に戻り、最後の課長会、要保護児童対策協議会のレクとバトンをつなぐ仕事をする。あの子この子その家庭の話をして、できることを考えて、できないことは制度の穴として局に伝える。
最後に「区長の想いは今日の部会でも受け取りました、子育て支援室にお任せください!」と力強く課長代理に言ってもらえて、またいい職場だなと泣きそうになった。
〆切に追われている仕事をやり、もう間に合わないので本日2度目のタクシーを使って福島の「だいどこ なか」さんへ行く。内輪の送別会で、美味しい料理と日本酒を明日寝坊しない程度に節度を持って楽しんだ。
内示が出たので人事のうわさが飛び交い、もはや他人事でもあり徐々に自分の影が薄くなっていく印象がある。組織なんてそんなもんで、それでいい。
帰って、家計急変の奨学金の書類を読んで手続きしてと言ったのに「自分で何とかするって言ってたやん」と動いてないゆる夫に頭を抱える。
やっぱり不安だから、路線変更して手続きはしようって話した記憶が抜けているのか、もはやわざとこの一番しんどい局面で怒らせて離婚されたいのか。
娘は先日受けたバイトの面接にまた落ちて、「どうせ落とすなら30分も雑談せんで欲しかった」とグチっていた。
その会社、オカアチャンの知り合いの会社やけど変に口添えしたら双方気まずくなるので、先方には何も言わなかった。結果を受け止めるしかない。オカアチャンと日雇いで一緒にコンサートスタッフやろうよ、となぐさめる。
どうしても読みたい本を手に入れてしまって、でも1ページも読めず寝た。
あと7日。

