深夜まで仕事をしていたので体が重い。娘が卒業旅行に出かけるのにちゃんと起きているか確かめ、二度寝した。午前中は休みにしている。土日に仕事に出た分、丸1日休みたいがそうはいかない。
スーツに着替えて、自分の経歴書を読み直す。プロジェクト型の案件に、外部のプロ人材として関わるマッチングサービスのオンライン面接を受けた。
ニーズがあるかわからないが、行政にサービスを提供したい企業の商品開発支援や、調査業務を受託するコンサル会社が質の高い仕事ができるようにサポートできる旨は伝えた。
登録には進みそうだが、受注が来るかはわからない。まずは自分の個人事業主としての環境整備を進めている。13年前は自営業以外は考えられないと思っていた。自由でクリエイティブだった。
行政組織は窮屈で、時間のコントロールも難しく、形式的な会議に出てると時間がもったいなくてうんざりする。一方で、課題を預かって、売上を気にせずリーダーとして仕事に集中できた日々のありがたさもわかる。
当面は、全てを自分でやらないといけない。インボイス制度、めんどくさい。
少し時間があったので週末にやり損ねた自分の洗濯をセットする。仕事用のブラウスやスーツはゆる夫に任せるのが怖く、自分でやっている。夜に帰ってから干す。
娘からはお金だけ払わされ、宿泊先も知らされず連絡が無いのでLINEで尋ねる。髪を染めた女の子たちの写真と共に送られてきて、安心した。しっかりした子がメンバーにいるようだ。
東京での細かい予定は決めてないと言ってたので、東京でやっているヒロアカのポップアップストアや「ルックバック展」のリンクを「寄れたら行ってみたら」と送った。
私は旅行の機会を最大限に活かしたい性質で、下調べをして予定を詰め込みがちになる。ゆる夫とこども達は「ホテルでゴロゴロしたい」派で、相性が悪い。
一度、南海トラフ注意が夏休み中に発令し、家族で行くはずの東京行きが父子だけになった。私の不安は的中し、詰めの甘いゆる夫は散々迷い、疲れて民泊で寝てると初日はこども達から連絡があった。私のお金なのに、もったいないと思ってしまうのはモラハラのようで我慢する。
最終日には、私ならお台場往復してイベント覗くだろうなと思う時間を残して、帰ってきた。
ゆる夫は夕食の店もちゃんと探さず予約せず、路頭に迷った末に入った汚いラーメン屋がおいしかった、もう一度行きたい、と父子が話す度に悔しくなる。準備万端が報われるわけでもなく、偶然が一生の思い出になったりする。
6人も女の子がいるだけで、思い出山盛りで帰ってくるだろう。私も妹か女友達に声をかけて、どこかに行きたくなった。
しかし手元にはまだまだ仕事が積まれている。レクや会議の合間に、資料を読みBYODでスマホからメールを送る。おそらく最後の教育委員会会議に出て、港中学校にバスで移動する。
標準服の業者のプレゼンを初めて見る。前の区で再編を散々やってきたけれど、コロナ禍なのもあってか聞く機会が無かった。生地を引っ張ったり水をかけたり、丈夫さや透けないアピールが面白い。
そのまま、最後の学校再編検討会議に移る。本音は令和9年4月の開校時まで見届けたいが、組織できちんと引き継ぐことと、先日の港中と築港中の交流授業の様子を話した。
意見交換をして、区長として出席する最後の学校再編の会議が終わった。生野区長時代からの説明会も合わせると、何十回出ただろう。来年度からは、息子の学校の再編検討会議にPTAの立場で出る。なかなか縁が切れない。
少し遅めから学校再編を共に進めてきた担当者たちと飲み、お疲れ様といたわりあった。生野区の桃谷中学校区の学校再編も開校に向けて進んでいると聞き、私が預かったミッションは一区切りついたと思えた。あとは組織に再編後の学校支援を強くお願いして、持ち場を離れたい。
帰ってゆる夫に回してもらった洗濯物を干し、お風呂に入ってパソコンを開く。明日の部会の資料を読んでポイントをメンバーに送り、調整メールを打ち、区内の中学生に学期に一度出している「港区教育NEWS」を書いて担当にチェック依頼を出す。終わったら2時過ぎ。
寝室ではゆる夫が爆音でイビキをかいており、眠れないまま日記を書いている。娘から来たスカイツリーの写真を見て、不在がさびしい。そう言えば、ひな祭りだった。
あと29日。

